好きな女性を悲しませてはいけない、と俺も思った
映画「侍タイムスリッパー」を観た。
概要
幕末の侍が、現代の時代劇の撮影現場にタイムスリップし、そこで繰り広げられる悪戦苦闘を描いた物語。ほぼコメディータッチで描かれるが、真剣勝負の場面もいくつかある。
感想
映画の前半は、ちゃちなタイムトラベルものだと思って観ていた。この映画はハズレ、とさえ思った。
が、途中で「実は、タイムスリップしたのは主人公だけではない」ことが明かされ、物語はがぜん面白くなる。
そこからあとは、スクリーンに釘付けになった(膝の上においたカバンが床にずれ落ちたことにも気づかなかった)。
物語の鍵を握っているのは、助監督役の女性だ(この映画の本当の助監督でもあるそうだ)。
仕事に一生懸命で、夢を持っていて、気遣いができて、目が丸くて、かわいい。こんな女性が職場にいたら、毎日職場に行くのが楽しくてしかたないだろう。
主人公も明らかに彼女を好きになっていた。
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最後の真剣勝負の場面で、主人公の侍は大きな決断を迫られる。
一つは、自分の信念にしたがう決断。ただその決断を実行すると、助監督は悲しむ。
もう一つは、その逆。
主人公は後者を選ぶ。「恋心が侍魂の邪魔をした」と言ったら、それは言いすぎだ。でも俺は思った。あの助監督がいなかったら、主人公は別の決断をしていたはずだ、と。
★5つ
「関心領域」ではなく「関心総量」に
映画「関心領域」を観た。
概要
アウシュビッツ強制収容所の隣に、ドイツ人家族が暮らしている。家族は、すぐ隣で大量虐殺が行われているのに、そのことには全く関心を示さない。
そんな家族を描くことで「人々が関心を持つ領域」は偏っているし正しくない、ということを訴える映画なのだと思う。
感想
あらすじは、映画を見る前から知っていたし、人々の関心領域が偏っていることも知っていた。これまでに、ユダヤ人虐殺を取り上げた作品や論考を何度も見たことがある。
なので「目が覚めるような体験」はなかった。
ただ、映画は最後まで飽きずに観ることができたので、決して駄作ではない
* * *
この映画の作り手は、人々の関心の持ち方に疑義を投げかけているのかもしれない。
世界では、悲惨な出来事が発生しているのに、人はそれらを忘れてしまうから。
でもさ
人には、関心を振り向けることが可能な「関心総量」があって、四六時中、世界の問題に関心を向けることはできないのだよね。
だからといって、世界の問題に無関心でヨイというつもりはないのだけど。
関心総量をどう配分するのがヨイのだろうね
#関心領域
逃げ場はなくなる
映画「マリオポリの20日間」を観た。
AP通信の記者が、ロシアの攻撃を受ける街を記録したドキュメンタリー映画。
記者は「painful to watch」と言う。本当にその通りだった。
僕たちの生活は、安全が保証されていることが前提になっている。
安全が消え去った世界は、悲惨だ。
自分を殺そうとする敵がやってくるのだ。
怪我をして病院に行っても、医療物資がなく手当を受けられない。そして病院自体が敵の標的になると、もうどこへも逃げられない。
そう、逃げ場なんてなくなるのだ。
* * *
ウクライナ人の中には、そこまで追い込まれる前に、国外へ脱出した者もいる。
ただ、仮に、すべてのウクライナ人が隣国へ「逃げる」という選択をすると、ウクライナは空っぽになり、占領される。
ロシアはそこで満足するだろうか?
いや、また隣国を侵略するだろう。
では、そこでまた、すべての人が隣国へ逃げると…
そう、逃げるを繰り返すと、最終的には逃げ場はなくなるはずだ。
* * *
では、ウクライナ国内に留まるべきかと言うと、それも違うだろう。武器もなくロシア軍と対峙しても、殺されるだけだ。
隣国に「他国に侵攻する」という選択をさせてはいけないのだ。
侵攻が「道徳的に間違っているから」でも「経済的に損だから」でも、理由は何でもよい。とにかく「他国に侵攻する」という選択をさせてはいけない。
安全保障は、他の何よりも優先されるべきだと思った。